「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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山本 衞 (やまもと えい)


<経歴>


1933年、高知県生まれ、高知県四万十市在住。

詩集『石臼』、『午後の夏』、『母と子のうた』、『くぎをぬいている』、『讃河』『黒潮の民』

エッセイ集『人が人らしく』

詩誌「ONL」主宰。

日本ペンクラブ、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、中四国詩人会、各会員。




<詩作品>


大事なものは


貧しさと豊かさの区分けのできない村といわれてきた


ただ流れるだけの貧しさの
指先から零れ落ちるだけのこの川から
ゼニを生み出そうではないか
水を堰き ヤブ蚊の栖に明かりを灯そう
その光源こそが豊かさの根元になるのだと
そんな誘惑に村は揺れに揺れた


ガンとして乗らない者が多くいた
流れは神の流れのままでいい
流れを生きるアユ、ウナギ、ドンコやゴリを箱膳に盛り
渓の水で喉を漱ぎ夜眠るだけの灯火があれば十分だ と


川が乗らないと知ると誘いの手は海辺におよんだ
カツオも限界 おめでたいタイも衰退
アコヤ貝もハマチも彼処にも此処にも嵌まらないぞ
こんな海浜に見切りをつけ希望の灯を燃やそうよ
原子の常夜灯のビルをおっ建てようではないか


おだやかな海の村でも
みんなして台風に立ち向かう小舟の櫓臍を押さえながら
明瞭な声音で光線の世話にはならないと上に告げた
誘惑者どものせせら笑いは全国を駆け巡り
四万十の無知蒙昧を声高に喧伝されたが
消えた札束に未練はなく貧しい海はそのままのこされた


若者の中には明かりを欲しがる者も居て
煌めく似非真珠色の街灯の中に吸い上げられていった
明るさを売った買ったとニュースになった貧しい村々は
予想もしない津波に毀された殺人光線に被われて
命からがら逃げたふるさとに戻れなくなってしまった


嘲うがいい ゼニを蹴った愚かな学識を
嘲われていい このままでこのままでと動かぬ頑迷さを
人は今 やっと気付き始めたのだ
バベルの模造光線では人類はおろか地球さえも救えないのだということを

*四万十は発電誘惑を(水力50年代、原子力80年代) 何度も撥ねのけてきた―





待つ


六十年余の不在にも
あなたはまだ二十三歳のまま


庭先の柿の老樹は
今年も若々しい枝葉を空に拡げているというのに


この樹がまっ裸だった日
若者は秋茜みたいな練習機で
ふるさとの田野に別れを告げにやって来た
村中総出で手を振る上空に
二度 三度あざやかな
旋回をみせて
南の空へ飛び去っていった


やがて
国は
敗れ去る


あの酷熱の夏
ぼくらは生まれて初めて
精いっぱい茂らせた葉陰の下で
みんなで涼を求めたが
若者はついぞ戻らなかった


黒潮の流れに逆らって海原を越え
地球の一番深い海溝に息を止めた
今は
マグマと交叉するプレートのうえに
白い骨を晒していることだろう


海底は毎年数ミリずつ北上し
一万年後 わが土佐沖に辿りつくときく
おれはこの岬の端で
きみと会える日をいつまでも
待っている






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